富岡市 富岡製糸場 ・ 藤岡市 高山社跡
H25・2・9(土)
  自宅AM9:35発→駒寄PA S⇒(関越道・上信越道)⇒富岡IC10:15→買物→なかまち交流館隣 いなりパーク10:50
  駐車場10:50…富岡製糸場正門10:55…工場内見学…正門12:30…町の中散策12:35…駐車場13:15
 
  駐車場13:20→絹産業遺産群 高山社跡14:00 見学 14:35 
 駐車場→興禅院14:38 14:52→翁(饅頭屋)15:10 15:20→藤岡IC⇒駒寄PA S→自宅着
    表示:  ⇒高速  → 一般道   …歩き        本日の歩行数 6,720歩
富 岡 製 糸 場
 三連休の初日、予定していた孫達とのお遊びは中止となった。
 あまりにも良い天気です。さて、どこへ行きましょう。と考えた所は、世界遺産登録へ向かっている富岡市の富岡製糸場の見学になりました。
 富岡製糸場は、我県の【上毛かるた】に、
「に」日本で最初の富岡製糸と詠まれている。
 私は初めての見学です。

上信越道から浅間山
  見学者は寒さにもめげずいっぱいです。観光バスも数台入ってました。個人で見学の場合は希望者にガイドさんがついてくれると言うので集合時間に合わせる。 
正門
正門入って ガイドさんの説明が始まる
 東繭倉庫前に20数人が集まった。
 解説がスタートしました。富岡に製糸工場が建てられるまでの経緯、フランス人10数名の指導者の話をお聞きした。
 養蚕が盛んであった事や広い土地、製糸に必要な水の確保が容易である。気象条件が良い事、燃料の確保石炭が高崎・吉井で採れた事等をお聞きした。
乾燥場 「明治五年」 
 【日本の近代化の幕開け】
 当時の日本は明治維新を迎えたばかりでした。殖産興業政策を掲げた政府が急務としたのは、輸出品の要であった生糸の品質改良と大量生産を可能とする機械製糸工場の導入と推進でした。日本の工業化は、製糸から始まったのです。【資料より】
繰糸場 フランス人指導者ポール・ブリュナ館
 当時の建築方法やレンガ積の方法なども聞いた。
 繰糸場の中に入ってからは、工場内機械の説明や、繭から生糸になるまでの行程を聞く。
 自分の中では、工女哀史の観点が強かったように思う。しかし、働く女性の逞しさを見た。この富岡製糸場で新技術を習得し、工女の地元で指導者として活躍した話も伺う。

繰糸場内 トラス構造の説明
 展示場の中は、繭の匂いがした。「座繰り」の見学は出来なかったので残念でした。遠い昔、子供の頃、祖母や母が厳冬に「座繰り」や「真綿作り」をしていた。懐かしい光景を見たかったです。
女工館 東繭倉庫内 展示場 
座繰り実演コーナー 
日本の産業革命の原点、近代工場発祥の地として世界遺産登録の機運が高まり、着実に活動がすすんでいるとの事。 書類は全て提出済みで、今夏(H25)にユネスコの諮問機関イコモス委員が現地調査を実施予定と合わせて聞いた。
煙 突 西繭倉庫 記念碑と東繭倉庫
 この県に生を受け、今の今まで富岡製糸場の見学をしなかった私は【井の中の蛙大海を知らず】その者でした。我県の素晴らしい遺産を誇りに思います。世界遺産に登録されたらいいなぁと、心から思います。
 

 その後、製糸工場前の町中を歩き、工女さんが好んだカレー店やおっ切り込み店を見て、ふらっ!と寄り食事をする。
 街道には、かりんとう饅頭の売り子さんが、我店のをどうぞと進めていた。歩きながら二軒で味見をさせてもらい、二軒目で買った。桑のお茶をいただいき体が温まった。

 

高 山 社 跡
富岡製糸場と県内の絹産業関連遺産が世界遺産暫定リストにのっている高山社跡の見学をする。
 門
高山社
       この日、藤岡市のイベント「シルクカントリーin藤岡」が9日・10日と開かれていた。それとも知らず出かけた私達は、大型バスにて参加した人達に加わって説明を聞いた。
 桑貯蔵庫  高山社 裏手より  蚕室
   地元新聞の取材や市の広報担当の方が来ていた。見物客も多かった。 甘酒が振る舞われて、ご馳走になった。   見学のスタイルとして、ガイドさんについて聞くというのは、良く分かる。他の場所においても時間が許せば、この形で見学したい。
高山社跡 模型 
興禅院から眺める
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